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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)946号 判決

主文

一  被告は、原告花子に対し、金五五〇万円及びうち金五〇〇万円に対する昭和五五年九月三〇日から、うち金五〇万円に対する本裁判確定の日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告一郎に対し、金一億三八二万九〇八三円及びうち金九四四二万九〇八三円に対する昭和五五年九月三〇日から、うち金九四〇万円に対する本裁判確定の日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一、二項についてその各三分の一を限度として、仮に執行することができる。

理由

【事 実】

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし三項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  (請求認容のときは)仮執行免脱の宣言

三  請求の原因

1  原告花子が神戸市立中央市民病院(以下「本件病院」という。)に入院するに至つた経過

原告花子は、原告一郎を懐胎し、昭和五五年二月二三日に被告の経営する本件病院の産婦人科において診察を受けたのをはじめとして、同年九月二七日までの間に一一回にわたり同科外来で診療を受け、諏訪美鳥医師(以下「諏訪医師」という。)の指示により、同月二九日、分娩のため、同病院に入院したが、陣痛がまつたくなかつたため、いつたん帰宅し、翌三〇日午前九時二〇分、同病院に入院し、直ちに分娩室に入つた。

2  事故当日の経過

(一)  分娩室に入室したとき、原告花子は、陣痛はなく、子宮口が三センチメートル広がり、児頭は骨盤入口に固定せず、上方にあるという状態であつた。

(二)  分娩室には、大月助産婦、高橋研修生がおり、後に加わつた助産婦一名の計三名で後記の医療行為が行われ、主治医の諏訪医師は、二度にわたりごく短時間、顔を出したのみであつた。

(三)  同日午前一〇時四五分、人口破膜(破水)がなされ、同五五分からプロスタルモンEの投与が開始された。

(四)  同午後〇時四五分、原告花子は、子宮口ほとんど全開大、児頭は骨盤入口にさしかかつているという状態であり、右助産婦らが原告花子に指示して怒責(息ませること)させ、子宮底を押した(クリステル圧出法)が、児頭は下降しなかつた。

(五)  同午後〇時四七分、アトニン五単位を含む薬剤の点滴が開始された。

(六)  同午後一時すぎ頃、胎児の心音が下降し、原告花子は、ショック状態となつた。

(七)  原告花子はショック状態で手術室へ移され、帝王切開により、同午後一時四九分、原告一郎が仮死状態で取り出されたが、原告花子は子宮破裂を来しており、子宮全摘となり、原告一郎は無酸素性脳症に陥つた。

3  被告の過失

(一)  人工的に陣痛を誘発したときは分娩がこじれる場合が多く、むやみに陣痛誘発法を用いるべきではない。しかるに、主治医らは、原告花子の状態から陣痛誘発法をとらねばならぬ特段の事情がなかつたのに、陣痛誘発法を行つた。

(二)  その上、原告一郎は四三九二グラムの巨大児で、本件は、児頭骨盤不均衡(cephalo-pelvic disproportion以下「CPD」という。)で経膣分娩不可能であつた。そして、原告花子の第一子(昭和五三年二月一九日生まれ)の出産が難産で吸引分娩によつたこと、妊娠第三四週の同五五年八月二六日、超音波断層画像診断法により児頭大横径九三ミリメートルと測定され、一般に報告されている同時期の大横径の数値の上限を超えていたこと、分娩当日午前九時二〇分の検査で、子宮底長が三七センチメートル、腹囲が一〇一・五センチメートルあり、巨大児であることが疑われたこと、児頭が一貫して骨盤入口に固定するに至らなかつたこと、陣痛が一貫して微弱であつたことなどからすると、CPDを疑うべき事実が顕著にあり、少なくともいわゆる境界CPDに該当するものであつた。しかるに、主治医らは、経膣分娩可能と判断し、人口破膜(破水)、陣痛促進剤の連続投与、頻回にわたる怒責の指示、クリステル圧出法の実施などの通常の陣痛誘発法を強行した。

(三)  しかも、これらの陣痛誘発法は、主治医がほとんど不在のまま実施され、また、原告花子の容体の急変が判明してから急遽、帝王切開の準備にかかつており、これらの点においても本件病院に重大な過失がある。

4  原告らの損害

(一)  原告花子の損害

原告花子は、子宮破裂の傷害を受け、子供を生むことができない身体になつた上、重度の障害を残す原告一郎を介護しなければならなくなつた。その精神的苦痛は、はかりしれない。

(1) 慰藉料 金五〇〇万円

(2) 弁護士費用 金五〇万円

(二)  原告一郎の損害

原告一郎は、無酸素性脳症に陥り、脳性麻痺による四肢痙直強剛の重度障害が残り(昭和五六年一一月一四日二級身体障害者に、同六一年一二月二〇日一級身体障害者に認定された。)、労働が不能であるばかりか、常時介護を要する状態である。

(1) 慰藉料 金一五〇〇万円

(2) 逸失利益 金七一三八万四一一四円

但し、満一八歳から満六七歳まで就労することができたものとし、その間の得べかりし収入を昭和六一年度賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計欄の平均賃金により四三四万七六〇〇円(年額)として、新ホフマン係数により算出した額

(3) 介護費用 金二九七六万七九二五円

但し、満六歳から満七四歳まで介護を要し、その間一日三〇〇〇円の介護費用を要するものとして、新ホフマン係数により算出した額

(4) 弁護士費用 金九四〇万円

よつて、被告に対し、原告花子は、慰藉料金五〇〇万円とこれに対する本件事故当日の昭和五五年九月三〇日から支払済みまで年五分の遅延損害金及び弁護士費用金五〇万円とこれに対する本裁判確定の日から支払済みまで年五分の遅延損害金、原告一郎は、慰藉料金一五〇〇万円、逸失利益のうち金四九六六万一一五八円、介護費用金二九七六万七九二五円、以上の合計金九四四二万九〇八三円とこれに対する右昭和五五年九月三〇日から支払済みまで年五分の遅延損害金及び弁護士費用金九四〇万円とこれに対する本裁判確定の日から支払済みまで年五分の遅延損害金を支払うよう求める。

四  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は、認める。

2  同2は、(四)の、助産婦らが原告花子の子宮底を押した(クリステル圧出法)ことを除き、その余の事実を認める。助産婦らが子宮底を押したのは、児頭の嵌入程度を知るためにヒリス法(一手の指を膣内に挿入し、他手で子宮底を骨盤軸の方向に押す方法で、CPDの機能的診断法である。)を試みたものであつて、クリステル圧出法ではない。なお、分娩に際しては、医師が直接行うものと医師の指示に基づき助産婦が行うものとに役割の分担があつて、医師が出産まで常時立ち会うことは、異常時以外にはない。本件の場合も、大月助産婦らが独自の判断で医療行為を行つたことはなく、すべて諏訪医師の直接の行為、あるいは同医師の指示に基づく行為である。

3  請求の原因3、4の主張は、争う。但し、原告花子の第一子の出産が吸引分娩によつたこと、妊娠第三四週の昭和五五年八月二六日児頭大横径九三ミリメートルと測定されたこと、分娩当日午前九時二〇分の検査で腹囲一〇一・五センチメートルであつたことは、認める。

五  被告の主張

1  原告花子の入院から出産までの経過について

(一)  原告花子は、昭和五五年九月三〇日午前九時すぎ来院、同九時二〇分に分娩室に入院した。腹囲一〇一・五センチメートル、体重六四キログラム、血圧一三〇/八〇、子宮口三センチメートル開大し、展退度五〇パーセント、児頭位置マイナス一~二、頚部硬度軟、胎胞形成しており、矢状縫合は横径に一致していた(なお、この時点での子宮底長三七センチメートルという記録がある。)。まだ陣痛はなかつたが、分娩にそなえて、高圧浣腸を行つた。

(二)  同一〇時四五分に諏訪医師が診察し、ときおり緊満プラスであるので、陣痛促進のため、人口破膜を行つたが、羊水の混濁は認めていない。同一〇時五〇分には軽度陣痛が始まつた。諏訪医師は、分娩監視装置を設置して監視すること、陣痛促進剤プロスタルモンEを一時間おきに一錠ずつ投与することを大月助産婦に指示した。

(三)  同一〇時五五分、プロスタルモンE一錠を投与した。この間、羊水の流出があつたが、混濁はない。

(四)  同一二時、子宮口が五~六センチメートル開大した。更にプロスタルモンEを一錠投与した。

(五)  同一二時四五分、子宮口は九センチメートル開大して、軟らかかつた。原告花子に怒責を三回試みさせ、更に、児頭の骨盤入口嵌入の可否をみるため、前記ヒリス法を二回試みたが、児頭の下降徴候は明らかでなかつた。

(六)  同一二時四七分、ヒリス法でも児頭下降徴候が明らかでないが、まだ陣痛が弱いため、調節可能なアトニンを含む点滴に変更した。

(七)  同一三時〇五分、分娩監視装置で胎児心音下降がみられたため、諏訪医師は、胎児仮死を考え、急遽、陣痛を弱めるため、右点適を中止し、急速遂娩(何らかの補助手段によつて分娩を促進し、出産させること)が必要と判断、帝王切開をすることに決め、原告花子の家族に連絡をとつた。

(八)  同一三時〇八分、諏訪医師は、産婦人科部長高島医師に報告し、帝王切開手術の手配を行つた。その後、家族に対して、帝王切開を行うと説明をした。

(九)  同一三時一〇分、原告花子の血圧測定が困難で脈に触れにくく、ショック状態が出現した。

(一〇)  同一三時二〇分、分娩室から手術室へ原告花子を搬送、同二五分、麻酔導入を開始した。同四三分、高島医師らによつて開腹を開始し、同四九分、原告一郎を娩出した。原告花子の子宮左側壁が左付属器付着部まで裂傷し、出血が多かつたため、裂傷を縫合して子宮を保存することは不可能と判断し、子宮全摘術及び左付属器切除術を施行した。

(一一)  原告一郎は、仮死状態で、自発呼吸がなかつたので、挿管処置を行つた。同一三時五〇分のアプガー・スコアは二点、同五七分のそれは四点であつた。同一四時〇九分、自発呼吸を開始、同三〇分、アプガー・スコアが正常の一〇点となつたので、インキュベーターに収容し、新生児室へ移した。

2  原告花子の分娩第一期終了までに、明らかにCPDを疑わす所見は認められなかつた。巨大児であるということだけでは経膣分娩不能ということはなく、子宮底長が三七センチメートルを超えている場合にCPDが発生するおそれがあるのは、骨盤最短前後径が一〇・五センチメートル以内とされているところ、原告花子は昭和五三年二月一九日三九七〇グラムのほぼ巨大児といえる第一子を経膣分娩しており、この第一子の分娩直後の児頭大横径は一〇・五センチメートルで、同原告の骨盤最短前後径は一〇・五センチメートル以上あると考えられるので、仮に本件分娩直前の子宮底長が三七センチメートルあつたとしても(分娩前日の九月二九日の測定では三三センチメートルであつたのであるから、これに比し同三〇日の測定値三七センチメートルは不均衡に高く、測定の誤りと考えられる。)、CPDの発生するおそれがある場合として最初から取り扱う必要はなかつたのである。本件は、子宮破裂がなければ充分、経膣分娩が可能であつた。

3  原告花子の分娩誘発のために行われた処置で不適切なものはなかつた。同原告の入院時の所見は前記1(一)のとおりで、ビショップ・スコア六~七点であつて、分娩誘発成功率約九五パーセントであつたから、本件の人工破膜の施行が時期尚早であつたということはなく、陣痛促進剤の投与が不適切であつたということもない。特にアトニンは、安全限界内の量の投与であり、時間的にも本件子宮破裂と因果関係がない(アトニンの投与から児心音の悪化までに一八分かかつている。)。怒責の指示も、子宮口全開大後の怒責はいわゆる共圧陣痛であつて、原告花子のような微弱陣痛の状態ではよく行われることであつて、不適切なものではなかつた。クリステル圧出法は、施行していない。

4  本件子宮破裂は、既往掻爬術に起因する予知困難な瘢痕性子宮破裂であつた。すなわち、原告花子は、昭和四六年に二六歳で妊娠中絶をし、同四七年に二八歳で自然流産をし、同五一年に三二歳で妊娠中絶をし、それぞれ子宮内清掃術を受けた。この三回の子宮内清掃の際に生じた瘢痕が抵抗力の弱い箇所となり、前回巨大児に近い児を分娩した際生じた子宮壁の組織学的変化が本件分娩時に増幅され、自然に破裂したものと考えられる。そして、この瘢痕性変化は、予測不可能である。

六  証拠《略》

【理 由】

一  原告花子が原告一郎を懐胎し、昭和五五年二月二三日に被告の経営する本件病院の産婦人科において診療を受け、同年九月二七日までの間に一一回にわたり同科外来で診療を受け、諏訪美鳥医師の指示により、同月三〇日午前九時二〇分同病院に入院し、直ちに分娩室に入つたこと、入室したときには、陣痛はなく、子宮口が三センチメートル広がり、児頭は骨盤入口に固定せず、上方にあるという状態であつたこと、主治医の諏訪医師は同一〇時四五分、同原告に人工破膜(破水)を施し、同五五分からプロスタルモンE錠の投与を開始したこと、同午後〇時四五分原告花子の子宮口はほとんど全開大であつたが、児頭は下降しなかつたこと、同四七分アトニン五単位を含む薬剤の点滴を開始したこと、同午後一時すぎ頃胎児の心音が下降し、原告花子はショック状態となり、帝王切開により、同午後一時四九分、原告一郎が仮死状態で取り出されたが、原告花子は子宮破裂を来しており、子宮全摘となり、原告一郎は無酸素性脳症に陥つたことは、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に《証拠略》を総合すると、次の事実(当事者間に争いがない事実も含む。)が認められる。

1  原告花子は、昭和一九年四月一五日生まれで、同四六年に人工妊娠中絶の、同四七年及び同五一年に自然流産の既往がある。同五三年二月一九日、本件病院産婦人科において、三九七〇グラムの第一子を吸引分娩により出産した(以下、「前回分娩」という。)。

2  同五五年二月二三日、本件病院産婦人科で諏訪医師の診察を受け、妊娠第八週、出産予定日は同年一〇月二日と診断された。その後、同年三月一五日から同年九月二七日までの間に一〇回、同産婦人科の診察を受けた。この間の原告花子の子宮底長の推移をみるに、五月一七日(妊娠第二〇週)一八センチメートル(以下、単位を省略する。)、七月二二日(同二九週)二四、八月五日(同三一週)二七、同月二六日(同三四週)三二、九月九日(同三六週)三三、同月一六日(同三七週)三四、同月二七日(同三九週)三三と記録されている。また、八月二六日の超音波断層画像診断法により児頭大横径九三ミリメートルと測定されている。

3  同年九月二七日の診察で、児頭の先進部(頭部)が骨盤入口部にさしかかつており、外子宮口は二横指開大の状態であつた。諏訪医師は、分娩は近いと判断し、同月二九日の入院を指示した。

4  同年九月二九日入院したが、陣痛がなく、家族が当日は仏滅で日が悪いとして翌日の出産を希望したので、諏訪医師は分娩誘発を翌三〇日に延期し、いつたん退院した。このときの同原告の状態は、脈拍緊張良好で整、心臓及び肺に異常なし、腹囲一〇二センチメートル、児頭下方、臀部上方、背部左、児心音部位臍左下方、数正常、雑音なし、子宮口二横指開大、胎胞形成、児頭位置骨盤入口上方というものであつた。なお、この日の子宮底長は三三センチメートルと記録されている。

5  同年九月三〇日、原告花子は、午前九時すぎに入院した。

(一)  同九時二〇分、陣痛なし。子宮底長三七センチメートル、腹囲一〇一・五センチメートル、体温三六・七度、脈拍数九六回/分、頚管開大度三センチメートル、胎胞形成、頚管展退度五〇パーセント、児頭位置マイナス一~二、膣部硬度軟、子宮口位置後方。

(二)  同一〇時四五分、諏訪医師診察。ときおり腹部緊満あり。子宮口開大度三センチメートル。諏訪医師は、陣痛促進のため、人工破膜(破水)を行つた。羊水の混濁なし。この間、分娩監視装置(ME)に、児心音一二回/五秒の記録があるが、陣痛に関する記録はない。

(三)  同五五分、子宮収縮剤プロスタルモンE一錠を投与。MEに陣痛の記録があり、間歇四分、発作持続三〇秒。児心音一二回/五秒。

(四)  同一一時三〇分、羊水の流出あり、混濁なし。血性帯下あり。陣痛間歇三~四分、同発作持続三〇~四〇秒。児心音一二回/五秒。

(五)  同四〇分、陣痛間歇二~三分、同発作持続四〇~五〇秒。児心音一二~一三回/五秒。

(六)  同五〇分、プロスタルモンE一錠を投与。陣痛間歇一分、同発作持続五〇秒。児心音一二回/五秒。なお、この時点から同午後〇時一〇分まで、MEの記録がない。

(七)  同午後〇時、子宮口開大度五~六センチメートル。

(八)  同午後〇時一〇分、陣痛間歇二分、同発作持続五〇秒。児心音一二回/五秒。

(九)  同二〇分、同前。この時点から同午後一時五分まで、MEの記録がない。

(一〇)  同午後〇時三〇分、子宮口開大度七センチメートル。

(一一)  同四〇分、子宮口開大度八センチメートル。

(一二)  同四五分、子宮口ほとんど全開大(九センチメートル)。助産婦の指示で怒責を二回。諏訪医師が来て内診し、その指示で更に怒責。児頭は骨盤入口部にさしかかり、矢状縫合は入口部横径に一致。助産婦が子宮底を押したが、児頭は下降しなかつた。

(一三)  同四七分、五パーセント葡萄糖液、抗生物質ケフリン、子宮収縮剤アトニンC一管点滴注射開始。

(一四)  同五〇分、子宮口開大度一〇センチメートル。

(一五)  同一時五分、児心音七~八回/五秒に下降。前記点滴を五パーセント葡萄糖液のみに変更。

(一六)  同八分、諏訪医師が産婦人科部長高島医師に報告し、帝王切開術施行を決定。原告花子の家族にその旨を説明して、承諾を得た。

(一七)  同一〇分頃、原告花子はショック状態に陥つた(脈触れ難く、血圧測定しにくい。)。

(一八)  同二〇分、原告花子を手術室へ搬送。

(一九)  同四三分、帝王切開術開始。腹腔内に出血がかなりあり、子宮側壁は付属器付着部まで断裂離解していた。児は腹腔内に脱出せず、児頭は骨盤入口に嵌入していなかつた。

(二〇)  同四九分、仮死状態の児(原告一郎、体重四三九二グラム)を娩出。子宮全摘術を施行、摘出された子宮に、腫瘍その他の病的異常所見は認められなかつた。

(二一)  同三時二〇分頃、手術終了し、帰室したが、その後、ドレーンから新鮮血液が多量に流出、貧血状態となり、同六時五五分、再開腹、出血部を結紮して手術を終了した。同九時三〇分、帰室。

6  原告花子はその後、回復し、同年一〇月一一日、退院した。

7  原告一郎は出生時、アプガー・スコア二点の仮死状態であり、本件病院小児病棟で同年一一月八日まで治療を受けたが、神経学的異常があり、昭和五六年一一月一四日、脳性麻痺による四肢痙直強剛の障害名で身体障害者等級表二級の認定を、同六一年一二月二〇日、脳性麻痺による四肢運動機能障害の障害名で同表一級の認定を神戸市から受けた。

三  以上認定の事実及び鑑定の結果によれば、本件子宮破裂の原因は、胎児が四三九二グラムという巨大児であることからくる児頭骨盤不均衡(CPD、日本産婦人科学会産科諸定義委員会によると、「児頭と骨盤の間に大きさの不均衡が存在するために、分娩が停止し、あるいは母児に危険が切迫したり、あるいは障害が当然予想される場合」をいう。)にあり、かつ、児が仮死状態に陥つたのは、この子宮破裂に起因する胎盤血流の障害によるものであり、その結果、原告一郎に低酸素性脳障害(酸欠脳症)に起因する脳性麻痺が生じたものと認められる。

被告は、乙第三号証に基づき、本件子宮破裂は既往の掻爬術に起因する予知困難な瘢痕性子宮破裂であつたと主張し、《証拠略》によれば、原告花子に被告主張のような既往があることは認められるが、それによつて同原告の子宮壁に瘢痕等の組織学的変化が生じたとの点は、推測の域を出ない(本件帝王切開後に行われた病理組織検査での「破裂子宮の膣部は粘膜下層から筋層に欠けて強く変性しており、一部では壊死におちいつている」との所見は、《証拠略》によつて、本件子宮破裂の結果と認められる。)から、右主張は、乙第三号証とともに、採用しない。

四  鑑定の結果によれば、CPDの発生は、児頭や骨盤の大きさだけではなくて、陣痛、児頭の回旋及び応形機能などによつて影響され、分娩前にCPDを予見するのは容易ではないが、高度の狭骨盤とか著しい巨大児妊娠などでは、CPDを予見することが可能であること、CPDの発生が明らかないわゆる絶対的CPDの場合を除き、CPDの発生が疑われても分娩誘発を行うことは差支えないが、その際は、児心音、陣痛などに注意し、帝王切開等の準備のもとに行うべきであり、胎児切迫仮死、子宮切迫破裂などの危険症状が起こつたときは直ちに帝王切開等の急速遂娩に切り換えなければならないとされていることが認められるところ、右二に認定の事実と鑑定の結果を総合すると、原告花子が前回分娩で巨大児に近い三九七〇グラムの第一子を出産したこと、妊娠第三四ないし三九週の子宮底長が本邦の統計値と比べて約二センチメートル高い数値を示していたこと(分娩前日の九月二九日に子宮底長三三センチメートルの記録があるが、これは第三七週までの数値に比し不自然であり、第三九週では、少なくとも三五~三六センチメートルであつたと考えられる。)、妊娠第三四週の児頭大横径九三ミリメートルは、報告されている同時期の児頭大横径の数値を超えていて、本邦で報告されている児頭大横径と児の生下時体重の関係を参考にすると、児の体重は妊娠第三四週で既に二九四〇~三三四〇グラムに達していたと推定され、この数値は成熟児のそれに相当するものであること(なお、妊娠第三九週の九月二七日の超音波断層検査像には、児頭大横径一〇五ミリメートルという記録があるが、児頭の位置の関係から当日は正確に測定ができず、この記録は正確なものでなかつたと認められる)、原告花子の腹囲(分娩前日一〇二センチメートル、分娩当日一〇一・五センチメートル)が本邦における妊娠末期の統計値(八二~九二センチメートル)を上回つていたことなどからすると、分娩前に、巨大児であることが予見され、それに基づくCPDの発生が疑われる状況にあつたことが認められる。

五  そこで、右の判断を前提にして、本件で行われた分娩誘発の処置の適否について検討するに、鑑定の結果によれば、次のように判断するのが相当であると認められる。

1  人口破膜は、もつとも基本的な分娩誘発法で、薬剤投与による分娩誘発と並行して行うことにより、分娩時間を短縮し、誘発成功率を高くすることが可能であるが、感染の危険性が増大し、回旋異常などの誘因となることがあるので、子宮頚管が成熟し、有効な陣痛が発来することが確認され、児頭が固定した後に行うことが望ましいとされているところ、本件の人工破膜は、それが行われた午前一〇時四五分の時点でのビショップ・スコア(陣痛誘発法のための頚管成熟度判定法で、九点以上なら失敗はなく、五~八点では四・八パーセント、〇~四点では一九・五パーセントの失敗率とされている。)が六~七点と評価されるから、必ずしも不適切であつたとはいえないが、この時点ではまだ児頭が骨盤に嵌入固定しておらず、規則的な分娩陣痛(頻度が一時間六回以上)が発現していなかつたから、時期的にやや尚早であつたと認められる。

2  プロスタルモンE(プロスタグランデイン)は、陣痛促進剤で、通常一時間毎に一錠宛良好な陣痛が始まるまで(最高六錠)投与される。本件では、初回の投与が午前一〇時五五分であり、おおむねこの頃から陣痛が開始したものと考えられるところ、投与後、過強陣痛などの異常はなく、この投与により障害が発生したとは認められない。二回目の投与は同一一時五〇分(甲第一号証の記載からすると、同日午後〇時三〇分であつた可能性もある。)であり、この頃の陣痛間歇一~二分、同発作持続五〇秒がいずれも正常範囲であつたと認められることからすると、この投与は、必要がなかつたとも考えられるが、投与後、陣痛異常はなく、過剰投与等の障害が発生したとは認められない。

3  午後〇時四七分からのアトニン(オキシトシン、子宮収縮剤)五単位の点滴注入は、陣痛が弱いとの主治医の判断に基づくと考えられるところ、その前の同〇時二〇分の陣痛間歇二分、同発作持続五〇秒は正常範囲であつたから、その後に続発性陣痛微弱の状態になつたものと推定される。そして、この時点では分娩誘発開始から三時間位しか経過しておらず、産婦が陣痛を自覚していなかつたこと(原告花子本人の供述)などからして、陣痛微弱の原因として産婦の疲労などは考えられず、前示のとおり巨大児であることがかなりの程度予見しうる状況にあつたことやこの時点でなお児頭が骨盤に嵌入固定していなかつたことからして、CPDを考慮するのが普通であるのに、主治医が経膣分娩可能と判断し、アトニンを投与したのは、適切な処置ではなかつたと認められる。

4  主治医らは、午後〇時四五分前後に二、三回にわたり、原告花子に怒責させ、子宮底を骨盤の方向に押した。怒責は腹圧を増強させるために息むことをいい、分娩第一期の腹圧は禁止されているところ、右時点は、なお児頭が骨盤に嵌入固定せず、陣痛微弱状態であつて、厳密には分娩第一期は終了していなかつた。また、子宮底を押したのは、産科学上にいわれるクリステル圧出法(急遂分娩法の一種)を施行したものと認められる(このことは、被告も審理の途中までは認めていた。)ところ、同法は、子宮破裂などの合併症発生の危険性もあり、児頭が骨盤腔内に深く下降しているときに適応するとされていることからして、右怒責及びクリステル圧出法の施行は、適切な処置ではなかつたと認められる。

六  以上要するに、本件は、産婦がCPDであつたのにもかかわらず、分娩誘発法を施行したことに起因する事故と認められるところ、少なくとも、原告花子の妊娠中及び分娩誘発開始後の状況からしてCPDの発生が疑われるべきであつたのに、経膣分娩可能と判断した点、同様の状況のもとに子宮収縮剤アトニンを投与した点、時期的に不適切な怒責の指示やクリステル圧出法の施行をした点において、本件病院に過失があつたといわざるをえない。そして、これらの過失が複合して本件子宮破裂及び児の仮死状態が発生したものと認められるから、右過失と本件により原告らが被つた損害との間に因果関係を肯定することができる。

以上の認定判断に反する乙第三号証の記述は、クリステル圧出法の施行を否定するなど事実に沿わないことを前提とするなど、鑑定の結果その他の証拠に照らし、採用することができない。

七  そこで、原告らの損害の額について検討するに、以上に認定した事実のほか、原告一郎はその障害のために労働が不能であり、かつ常時原告花子の介護を要する状態であることが認められ、これらを総合すると、原告らの損害額は以下のとおり(原告ら主張と同じ。)と認めるのが相当である。

1  原告花子の損害 合計金五五〇万円

(一)  慰藉料 金五〇〇万円

(二)  弁護士費用 金五〇万円

2  原告一郎の損害 合計金一億二五五五万二〇三九円

(一)  慰藉料 金一五〇〇万円

(二)  逸失利益 金七一三八万四一一四円

(三)  介護費用 金二九七六万七九二五円

(四)  弁護士費用 金九四〇万円

七  結論

そうすると、原告らの本訴請求は理由があるから、これを全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱の宣言は付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林 泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官 植野 聡)

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